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タイトル: バイリンガル
初出日付: 2000年 11月 19日 02:50

 機会があってシンガポールへ旅行に行きました。
現地ではバスガイドや観光名所では日本語OK。ホテルでも私のへぼへぼ英語でなんとでもなりました。

 ですが当地はマレー半島の先端の淡路島くらいの広さの国。
主な人種構成は華僑が8割、残りがマレー系とインド系です。当然それぞれの母国(母族?)語があるわけですが、路上の露天商までが英語でコミュニケーションをとるのに不自由しません。
 ここで「公用語が英語」と書くと納得してしまいそうですが、二種類の文字も文法も異なる言語を駆使できるということの重要さを見落としていないでしょうか?

 日本語は確かに「日常、丁寧、敬意、謙譲」に時間といったような変化多岐のため、非常に複雑な体系の言語です。
 それを駆使するということはそれなりの賢さが必要であることは言うまでもありません。
 しかし言語を使いこなすということは、その言語で「思考」するということでもあります。一つの言語で考えてから置き換えながら話すのでは、会話のスピードが遅くて障害になってしまうからです。
 日本語の変化をどれだけ使いこなしても、それは「日本語での思考」の枠からは出ることはなく、複数の言語を駆使するのとでは頭脳の使い方が、あまりにも違うわけです。
 そして複数の思考の方法をもつということは物事に関して、いやでも多角的な見方、感じ方、受け取り方をするということでもあります。

 大半の日本人は、していることでしょうか?
それらを身に付けるだけの経験が出来る環境を多くの庶民が持っているでしょうか?
 末端のことであっても、余暇と収入、国際空港の場所とアクセス、渡航の費用。海外旅行が普通と言われる今日でも、ずいぶん壁が高い気がします。
 そして日本の観光旅行者は現地では外貨を落とす客として、日本語サービスで観光地を回るわけです。

 インターネットによる情報伝達によって、地球の広さは航空機の定着にも増して狭くなりました。
 それにしては日本人の「グローバリゼーション」なんて出来ていないのではないでしょうか。

 な〜んてことを社員旅行なんかで感じた次第。

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